農園だよりDiary

2022年4

2022.04.04
 皆さん今日は。

 四月になり日差しが随分しっかりとしてきましたが、先月6日に野焼きが行われ黒色に変った山肌は、まだそのままです。これからこの黒色が太陽の熱を吸収し、地面を暖め草の芽吹きを促してくれます。今月下旬にはワラビ、ゼンマイなどの山菜の季節を迎えます。楽しみです。先月NHKで阿蘇の自然、四季と農家の暮らしを綴った番組が放送されました。阿蘇の風景が綺麗に映し出され、自然の営み、雨水が地下に浸透し地下水がもたらす恵み、火山の熱の恵み、草原を利用した農家の営み、牛を飼う農家の牛をいつくしむ姿。阿蘇の真ん中に暮らし、日々生活している者でさえ感動しました。我が家でも30数年前、私が30歳の頃まで「阿蘇の赤牛」を飼っていたのです。テレビで紹介されたように、親牛を飼い、子牛を産ませ、10か月位になると家畜市場に出していました。餌やりは子供の仕事。両親は夕方遅くまで農作業があるので中学生の頃から剣道の部活が終わると真っ直ぐ帰り、作業着に着変えて夕方の餌やり、水やり、寝わら敷きは私の仕事でした。しかし生き物を飼うというのは日々、息の抜けない毎日。野菜ハウス栽培の方に軸足が移り、子牛の値段の低迷もあり、牛飼いはやめてしまいました。我が家で生まれ、毎日餌をやり、世話をして何年も一緒に生きてきた親牛を手放すときは本当に寂しい思いでした。その後、牛を飼う農家は激減し、今では数えるほどになってしまいました。

 番組でも紹介されたように、火山灰土の阿蘇の土を豊かにしたのは牛のお陰ですが、阿蘇の土でなければこの味が出せないのが「阿蘇たかな」です。高菜といえば茎が広いイメージがありますが、阿蘇かたなは茎が細く、葉も大きくありません。鼈甲色の古漬けと緑色の新漬けがありますが、今、春一番に収穫される高菜の新漬けは正に春一番の香りと味なのです。我が家の今日の朝食は納豆と7分搗きご飯、甥が育てた春一番のアスパラガスの味噌汁、めんたいこ、そして「たかな漬け」。この時期、このたかな漬けがないと過ごせません。この「阿蘇たかな」は阿蘇の固有種です。農家はそれぞれ自分の畑で育て、収穫のとき種を採種する分だけ残し花を咲かせ種を実らせ代々受け継いできたものです。最近は「カムカムエヴリバディ」を見ながら朝食を摂るのが楽しみです。ストーリーが面白く、展開が速いので見逃すとついていけなくなりますが有り難い事に再放送があるので毎日欠かさず観ています。その中で昔からの足袋メーカー「雉真繊維の勇おじさん」が「諦めずに作り続けてきて良かった」と涙する場面があました。阿蘇たかなも代々の農家が諦めず毎年毎年作り続けてきたからこそ今食べる事が出来る味です。今のように食べるのもが豊かではなかった昔。阿蘇の貧しい暮らしの中で一年中食べられるものは高菜漬け。自前で得られる事と食べて美味しいと言う事で毎年欠かさず作り続けてこられたのでしょう。阿蘇の赤牛も昔は田んぼを耕し物を運び、なくてはならない生き物として育てられてきましたが農業機械が普及し、出番がなくなると肉を生産するための生き物になりました。しかし松坂牛に代表される黒牛のサシが多い肉質とは違う赤身の肉なので市場から評価されず衰退してしまいました。最近健康的だと赤身が見直されてきましたが一度諦めて作ることをやめてしまった農家の心を振り向かせることはもうできないでしょう。

 ドラマの中の「伴 虚無蔵」の存在感も良いですね。「日々鍛錬し、いつ来るとも分からない機会に備えよ」。一部を除いて私達農家の生産物は芸術品ではありません。あくまで日常生活の消耗品ですが生産現場では田んぼに入り黙々と草を採っていると目の前の事に集中し時間の経つのも忘れています。それほど大そうな事ではありませんが、行者の修業に通じるような気がします。そんな毎日の作業の結果、生まれたものが皆さんから喜ばれ、必要とされることが、作り続ける為のエネルギーになります。いつ来るとも分からない事に備える事とは、農家にとっては作り続ける事です。
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